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歴史

私はコアントローの真髄たる
アロマやフレーバーを探していました。
スイートオレンジのピールとビターオレンジのピールの
完璧なブレンドが作り出す絶妙な味わいと、
クリスタルのようにクリアな純粋さを
調和させたいと考えたのです。
1849年

始まり

物語はフランス、アンジェのサン・ロー通りに始まります。
1849年、この年にエドゥアール・ジャンとアドルフというコアントロー兄弟が蒸留所を開業しました。それまで製菓業を営んでいた一族は、その当時手に入らなかった「高品質でナチュラルなフレーバーのリキュール」への需要の高まりに気付いていました。それから、兄弟は新たな挑戦を始めたのです。

1870年

エドゥアール・ジャンの息子であるエドゥアール・コアントローは、蒸留所のぬくもりの中で育ち、マスターディスティラーになるという夢と共に大人になりました。彼の唯一の目標は、父に続き、リキュール造りのステータスを高めることでした。そして1870年にこの家族経営の蒸留所のトップとしてコアントロー社に入社したとき、彼の子供の頃からの夢が叶ったのです。

夢が叶ったとき

1875年

きっかけはひとつの色:オレンジ

エドゥアールは消費者がオレンジの風味に興味を持っていることに気付きました。
その当時オレンジはなかなか手に入らない貴重なフルーツでした。エドゥアールは男女どちらにも好まれるこの普遍的なフレーバーに魅了されました。
そしてスイートオレンジピールとビターオレンジピールの完璧なブレンドを生み出すまで研究を続けたのです。
彼の情熱が、今日では世界中で愛されるトリプルセック「コアントロー」の原型を誕生させました。

1889年

世界がエドゥアールの情熱を共有するにはさほど時間はかかりませんでした。1889年にパリで開催された世界博覧会で最初の賞を獲得したのです。

その受賞から間もなく、世界中から高く評価されるようになりました。今日までに300件を超える受賞歴を有するコアントローは、常に賞を授与されるリキュールとして、過去から未来へと継承されるものという地位をも確立しています。

世界的な成功

1898年

ピエロ・ドゥ・コアントローの誕生

独自のリキュール造りだけに甘んじることなく、エドゥアールは広告という当時の新しいメディアに興味を持ちました。
ピエロの絵にインスピレーションを受け、そしてエドゥアールのシンボルでもある眼鏡へのオマージュとして「ピエロ・ドゥ・コアントロー」のキャラクターが誕生。すぐにコアントロー社の広告のブランドアンバサダーとなりました。  

現在

エドゥアール・コアントローの妻 ルイーザ・コアントローは、女性の権利のパイオニアであると同時に、女性の自由とクリエイティビティを高めるために、常に自分の立場を活用していました。芸術作品への支援から女性の社会進出まで、彼女の大胆でクリエイティブな価値観はコアントローの事業に深く根差すようになりました。

現在でも、コアントローはルイーザのミッションを実践しています。執筆活動と映画制作という人生の目標に直進するコアントロー・クリエイティブ・ディレクターのレティシア・カスタは、すべての女性たちに自己実現の喜びを体験してほしいと考えました。2015年、レティシア・カスタとコアントローは、女性の夢の実現を応援することでそのクリエイティビティを開花させ、そしてさらに進化させることを目指すチャリティプログラムを立ち上げました。こうしてコアントロー・クリエイティブ・クルーが発足したのです。

コアントローの故郷 アンジェでの創業以来160年にわたって、コアントロー家はさまざまな方法で世界中に「私たちにできること」を還元してきました。
現在でも、アルフレッド・コアントローがその一族に脈々と続く哲学を継承しています。6代目のアルフレッドはその家名から受け継いだ価値観を守り続ける一方で、コアントロー家の家訓ともいえる「冒険」をも続けています。

クリエイティブ・クルーの導入